「この程度なら、サービスでやっておきますね」。制作の終盤でそう言った回数を、あとから数えられる受託事業者はあまりいません。1件ずつは30分や1時間の話です。ですが、それが5件、10件と積み上がったころに月末が来て、粗利を見ると「思ったより残っていない」ということになります。
仕様変更・追加対応で粗利を守る方法は、依頼を片っ端から断ることではありません。依頼が来た時点で記録し、工数に換算し、「契約内」「有償」「次フェーズへ」のどれかに振り分けてから着手することです。損失を生むのは判断の中身よりも、判断する前に手を動かしてしまうことのほうです。
仕様変更・追加対応とは、契約時に合意した作業範囲(スコープ)の外にある依頼を、制作の途中や納品後に受けることをいいます。範囲の外にあるかどうかは、受注時に「やること」を書き出しているかどうかで決まります。書き出していなければ、すべての依頼が「言った・言わない」になります。
この記事の要点
- 追加依頼はその日のうちに記録し、工数に換算してから「契約内」「有償」「次フェーズへ」に振り分けます。粗利を削るのは、判断する前に手を動かすことです
- こちらの実装漏れ・誤字は契約内、先方の言い忘れ・確定後の作り直し・公開後の改修は有償です。受注時に「含まれないもの」を3〜5行で見積書に書いておくと、この線引きでもめにくくなります
- 有償の追加は「◯時間・□円・納期△日延長」の3点をセットで伝え、合意してから着手します。案件が終わったら粗利率で振り返り、次の見積もりに反映します

なぜ「少しだけ」の追加が粗利を削るのか
追加対応が痛いのは、金額ではなく工数がそのまま粗利から引かれるからです。受託の粗利は「売上 − 外注費」で決まり、自社で対応した分は売上が増えないまま時間だけが減ります。外注に振れば外注費が増え、こちらも粗利が減ります。どちらに転んでも、無償の追加は粗利率を下げる方向にしか働きません。
もうひとつは、稼働への影響です。追加対応は「今この案件」に割り込んで入ってきます。予定していた別案件の着手が後ろにずれ、その案件の納期が詰まり、そちらでまた残業が発生します。1件の無償対応が、案件をまたいで連鎖するのが受託の厄介なところです。稼働の詰まり方については受託の稼働管理のやり方でも触れています。
そして最後に、基準の問題があります。1度サービスで受けると、次も同じ基準で頼まれます。悪意があるわけではなく、相手からは「前回もやってくれたこと」に見えるだけです。基準を決めるのは、断るためではなく、相手が判断しやすくするためでもあります。
追加依頼は3つに振り分ける
依頼が来たとき、その場で決めるべきなのは「やるか、やらないか」ではなく「どの区分か」です。3つに分けておくと、判断が個人の機嫌や余力に左右されなくなります。
| 区分 | 判断のめやす | 対応 |
|---|---|---|
| 契約内 | 合意済みの成果物を仕上げるために必要な作業。誤字の修正、当初仕様どおりの調整、こちらの実装漏れ | そのまま対応する。記録だけ残す |
| 有償(追加見積もり) | 当初になかった機能・画面・ページ、確定後のデザイン作り直し、公開後の改修、追加の素材制作 | 工数と金額を出し、合意を得てから着手する |
| 次フェーズへ | 納期に間に合わない、他案件の稼働を崩す、対応すると粗利率が基準を割る | 理由と代案を添えて、次フェーズや保守契約に送る |
境目で迷いやすいのが「こちらの実装漏れ」と「先方の言い忘れ」です。前者は契約内、後者は有償です。ここを曖昧にしたままだと、どちらも無償に流れます。判断の物差しとして、粗利率の下限を先に決めておくと迷いが減ります(粗利管理のはじめ方)。
仕様変更を管理する5つの手順
1. 受注時に「やること」と「やらないこと」を書き出す
見積書や提案書に含める範囲を書くのは当然として、含まれないものを3〜5行で明記します。「原稿・写真素材の制作は含みません」「公開後の改修は保守契約の範囲で対応します」「デザイン確定後の全面変更は別途お見積もりします」といった書き方です。これがあると、後の会話が「追加ですか?」ではなく「これは範囲外なので見積もりますね」に変わります。書き出す項目は受託のヒアリングシートの作り方で聞いた内容がそのまま材料になります。提案書の中で作業範囲をどう見せるかは受託の提案書の作り方で扱っています。
2. 依頼は口頭で受けても、その日のうちに記録する
打ち合わせの雑談や電話で出てきた要望ほど、記録から漏れます。漏れた要望は「無償対応」になるか、「聞いていない」と言われるかのどちらかです。案件に紐づくメモとして、日付・依頼者・内容の3点だけでも残します。この記録が後で見積もりの根拠になり、振り返りの材料にもなります。
3. 工数に換算してから区分する
「大した作業ではない」という感覚のまま区分すると、ほぼ契約内に寄ります。まず時間で見積もります。0.5時間なのか、4時間なのか、2日なのかを出してから区分すると、判断が変わることがよくあります。自社の時間単価を決めておくと、この換算がそのまま金額になります(受託の見積もりの作り方)。
4. 見積もりを出し、合意してから着手する
有償と判断したら、着手前に金額と納期影響を伝えます。順番が逆になると——つまり先に作ってしまうと——請求のタイミングで「頼んでいない」「そんな金額とは思わなかった」という話になり、結局値引きすることになります。金額が小さくても、着手前に一言もらうという順番を崩さないことが大事です。
5. 案件が終わったら粗利で振り返る
案件ごとに、当初の見積もり金額と最終的な粗利率を並べて見ます。粗利率が想定より低い案件には、たいてい記録されていない追加対応が入っています。次の案件では、その項目を最初から「やらないこと」に書くか、有償項目として見積もりに入れます。この積み重ねが、見積もりの精度になります。
追加費用を伝えるときの言い方
金額の話は、切り出し方より「何に対する費用か」の説明で決まります。「追加費用がかかります」ではなく、「この対応は◯時間ほどかかるので、□円になります。納期は△日ほど後ろにずれます」と、工数・金額・納期の3点をセットで伝えます。
相手が判断できる形にするのも有効です。「今回のスコープに入れて納期を延ばす」「次フェーズにまとめて実施する」「今回は見送る」の3択で出すと、値上げ交渉ではなく選択の会話になります。単価そのものの見直しについては受託の単価を上げる方法も参考になります。
断るときは「代わりの置き場所」を用意する
断るという言葉を使わずに済ませる方法があります。次フェーズ、保守契約、来月の稼働枠——どこかに置き場所を示せば、相手にとっては「断られた」ではなく「順番が決まった」になります。
一方で、置き場所を用意しても引き受けるべきでない依頼はあります。納期が物理的に間に合わない、対応すると他案件の納期を割る、粗利が残らない、といったケースです。この線引きは受託で案件を断る基準で詳しく書いています。
追加対応の影響を粗利と工程で確かめる
ここからは自社製品の紹介です。追加対応の記録・工数・粗利が別々のファイルに散ると、5番目の「粗利で振り返る」がいちばん先に止まります。Pipelia(パイプリア)では、案件ごとに売上から外注費を引いた粗利と粗利率が自動で計算され、粗利率が20%を下回った案件には警告が出ます。追加対応をガントチャートにタスクとして足せば、納期への影響も画面で示せます(工程表の運用は受託の工程管理で扱っています)。

よくある質問
追加対応はどこまで無償にすべきですか?
金額ではなく、区分で決めるのが現実的です。合意済みの成果物を仕上げるために必要な作業(誤字修正、当初仕様どおりの調整、こちらの実装漏れ)は契約内として無償、当初なかった機能や画面、確定後の作り直しは有償、というラインを先に決めておきます。「◯時間まで無償」という時間の枠を決めておく方法もありますが、その場合も枠を使い切ったことを相手に伝えられるよう、記録は残しておきます。
見積書に「仕様変更は別途」と書けば足りますか?
その一文だけでは、実際の場面で判断が割れます。「別途」の対象がわからないためです。含まれる範囲と、含まれない項目を3〜5行で具体的に書くほうが機能します。あわせて、追加が発生したときの進め方(着手前に工数と金額を提示する、という順番)まで書いておくと、金額の話を切り出しやすくなります。
追加対応の記録はどこに残すのが良いですか?
案件に紐づく場所であれば、ツールは問いません。大事なのは、あとで案件の粗利と並べて見られることです。メールやチャットの履歴に埋もれると、振り返りの段階で探せず、結局「なんとなく赤字だった」で終わります。案件ごとの活動記録として日付・依頼者・内容・見積工数を残しておくと、次の見積もりの根拠としてそのまま使えます。
