「今は少し余裕があるから」と受けた案件が、始めてみたら仕様が膨らみ、終わってみれば手元にほとんど残らなかった——受託をしていると、断らなかったことが原因の赤字は珍しくありません。
案件を受けるかどうかは、その場の感触ではなく先に決めておいた数字で判断します。見るのは「粗利率」「稼働の空き」「支払い条件」「要件と決裁者の明確さ」の4つだけで十分です。見積もりを出す前にこの4つを確認し、2つ以上引っかかったら受けない、または条件を変えて出し直す。この一手間だけで、受注してから苦しむ案件はかなり減ります。
案件を断る基準とは、受注前に粗利率・稼働・支払い条件などをあらかじめ決めた数値と突き合わせ、受けるかどうかを勘ではなくルールで判断するための取り決めです。基準は、案件が目の前にない状態で決めておきます。目の前に売上があると、人はどうしても甘く見積もりがちだからです。
この記事の要点
- 受注前に「粗利率の下限(例:20%)」「納品月の空き工数」「入金までの期間と外注費の支払いの前後」「要件が文章になっているか・決裁者は誰か」の4つを確認する
- 引っかかるのが1つなら金額・納期・範囲を変えて交渉、2つ以上なら見送る。要件が曖昧なら要件定義を有償の別案件に切り出す
- 見送るときは「条件を変えて出す」「時期をずらす」「紹介する」のどれかで関係を残し、見送った理由を3つに分けて記録する

なぜ受託は案件を断れないのか
断れない理由は、だいたい次の3つに分かれます。
- 売上が読めないので、来た仕事はとりあえず取っておきたい
- 一度断ると、次から声がかからない気がする
- 見積もりの時点では、その案件が赤字になるかどうか分からない
1と2は感情の問題で、3は仕組みの問題です。そして実際にいちばん効くのは3を潰すことです。過去の案件で「見積もり工数」と「実際にかかった工数」を並べて記録していれば、「この種類の案件は当初見積もりの1.3〜1.5倍かかる」という自分のクセが数字で見えます。クセが見えれば、受注前に赤字かどうかの見当がつきます。まずは粗利管理のはじめ方で案件別の粗利を記録するところから始めるのが近道です。
逆に言えば、記録がないまま「なんとなく嫌な予感がする」で断ると、断った理由を説明できません。説明できない基準はチームで共有できず、次の案件でまた揺れます。
案件を断る基準は4つの数字で決める
基準は多いほど守られません。次の4つに絞ります。
| 基準 | 決め方の目安 | 引っかかったときの対応 |
|---|---|---|
| 粗利率 | 自社の下限を先に決める(例: 20%) | 金額を上げて再提出。通らなければ見送る |
| 稼働の空き | 納品月の確定稼働が埋まっていないか | 納期をずらす、または外注で吸収できるか確認 |
| 支払い条件 | 入金までの期間と分割の有無 | 着手金や分割入金を提案。無理なら見送る |
| 要件と決裁者 | 要件が文章になっているか、決める人が誰か | 要件定義を有償の別案件として切り出す |
4つのうち1つだけなら、条件を変えて交渉する余地があります。2つ以上重なったときは、交渉ではなく見送りを選ぶ——この線引きを先に決めておくのがポイントです。
基準1: 粗利率の下限を先に決める
粗利は「売上 − 外注費」で見ます。案件ごとの粗利率を出しておき、下限を下回る案件は受けないと決めます。
下限をいくつにするかは事業の形によりますが、下限の数字そのものより、下限を割った案件が受注後すぐ分かる状態のほうが重要です。受注した瞬間に警告が出れば、外注費の交渉や範囲の見直しがまだ間に合います。決算のときに気づいても手遅れです。

見積もりを作る段階から粗利で逆算しておくと、この判断はさらに速くなります。積算の手順は受託の見積もりの作り方にまとめています。
基準2: 稼働は「空き時間」ではなく「空き工数」で見る
「今月は空いている気がする」で受けるのがいちばん危険です。見るべきは体感ではなく、納品月にどれだけ工数が空いているかです。
確認する順番は次の3つです。
- 納品月に確定している案件の工数を足す
- 商談中の案件を、確度をかけた工数として足す
- 使える工数を超えていないかを見る
3で超えているなら、その案件は受けるか受けないかではなく、納期をずらせるか、外注に出せるかの話に変わります。どちらもできないなら見送りです。

月ごとの埋まり具合の見方は受託の稼働管理のやり方で詳しく扱っています。
基準3: 支払い条件が悪い案件は、粗利が出ていても危ない
粗利率が十分でも、入金が遠い案件は資金繰りを圧迫します。特に、外注費の支払いが先で入金が後になる案件は、金額が大きいほど手元の現金が減ります。
受注前に確認しておく項目は3つです。
- 入金までの期間(検収後何日か)
- 分割入金の可否(着手金・中間金)
- 外注費の支払いタイミングとの前後関係
外注費を先に払って入金が数ヶ月後、という形が続くと、黒字でも現金が足りなくなります。入金と支払いの日数の差が手元にいくら響くかは支払サイトが資金繰りに与える影響で試算しています。入金予定と支払予定を並べて見る方法はフリーランス・小規模受託の資金繰り管理を参照してください。

基準4: 要件が「たぶん」で始まる案件は膨らみやすい
見積もり依頼の文面が「だいたいこんな感じで」「詳細はこれから」で埋まっている案件は、着手後に増えやすいものです。加えて、打ち合わせに決裁者が出てこない案件は、決まったことが後からひっくり返ります。
この2つが重なったときは、断るのではなく切り分けるのが現実的です。要件定義だけを有償の小さな案件として先に受け、そこで固まった内容をもとに本体を見積もる。相手にとっても、あいまいなまま大きな金額を出されるより納得しやすい進め方です。初回の聞き取りは受託のヒアリングシートの作り方の項目をそのまま使えます。
関係を切らずに見送る3つの言い方
断ることと、関係を終わらせることは別です。次の3つはどれも次につながります。
- 条件を変えて出す: 「この内容だと弊社ではこの金額になります」と正直な見積もりを出す。相手が判断する形にして、断る役を自分だけで背負わない
- 時期をずらす: 「今の体制だと○月からの着手になります」と伝える。急ぎでなければ通ることがあり、こちらの稼働の谷を埋められる
- 紹介する: 得意な同業や協力会社につなぐ。紹介した相手からの信頼も、依頼元との関係も残る。相互紹介の関係の作り方は紹介営業のやり方で触れています
避けたいのは、断りきれずに条件を飲んで受けることです。無理な条件で受けた案件は納品品質が落ちやすく、結局その顧客との関係も傷つきます。
断った案件こそ記録する
見送った案件は記録せずに消えがちですが、ここにいちばん学びがあります。「金額が合わなかった」「納期が合わなかった」「要件が固まっていなかった」の3つに分けて残しておくと、半年後に「金額で見送った案件が多い=単価設定を見直す時期」といった判断ができます。
失注も見送りも、理由の記録があってはじめて次の受注につながります。記録の型は失注分析のやり方で紹介しています。
断る基準を数字で持つための下準備
ここからは自社製品の紹介です。ここまでの4つの基準は、どれも「受注前に数字が見えていること」が前提です。Pipeliaでは、粗利が案件別に自動計算されて粗利率20%未満の案件に警告が出、工程のガントチャートで納品月の埋まり具合が、資金繰り画面で入金と支払いの12ヶ月先までの突き合わせが見えます。商談から受注、案件まで二重入力なくつながるので、断るかどうかの判断に必要な数字が同じ画面から出てきます。
よくある質問
断る基準を決めると、売上が下がりませんか?
短期的には受注件数が減ることがあります。ただ、赤字案件は売上を作りながら現金と時間を減らすので、件数が減っても手元に残る額は増えることがあります。判断のために、まず案件別の粗利率と、案件ごとにかかった実工数を記録してください。数字が出てから基準を調整すれば、下げすぎも上げすぎも避けられます。
粗利率の下限は何%にすればいいですか?
一律の正解はありません。自社の固定費と、営業や管理にかかる時間を賄えるかで決めます。決め方の順番としては、直近1年の案件を粗利率順に並べ、「この案件はもう一度受けたいか」を振り返ってから線を引くのが現実的です。Pipeliaでは粗利率20%未満の案件に警告を出す仕組みがあるので、まずはそこを目安に自社の水準を探すこともできます。
長い付き合いの顧客からの安い依頼も断るべきですか?
同じ基準に当てはめたうえで、断るのではなく条件を交渉する対象として扱うのが現実的です。継続顧客は営業コストがかからないぶん、多少粗利率が低くても成り立つ場合があります。ただし「付き合いだから」で何年も据え置くと、単価が固定されてしまいます。値上げの切り出し方は受託の単価を上げる方法で解説しています。
